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新潟禅会(秋葉禅道場)

 
                                              秋葉公園から歩いてすぐの静かな禅堂で、本当の自分と向き合ってみませんか?

 私たち新潟禅会は1957(昭和32)に、臨済宗在家禅道場「人間禅」の9番目の支部として活動を始めました。以来、70年近くにわたり200回を超える摂心会(老師を招いての禅合宿)を行っています。また座禅会や講演会などを開催し禅の普及に努めています。 

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 現在、当禅会の担当老師は代目の仰月庵呼龍(ぎょうげつあん こりゅう)老師です。この道場では老師に入門して公案を頂き、悟りの境地を目指して本格的な禅の修行に入ることもできますし、日常的なストレスケアにも役立ちます。

 秋葉禅道場だけでなく、交通の便がいい中央区・クロスパル新潟でも座禅会を行っていますので、ご都合に合わせてお気軽にお越しください。

【基本情報】

所在地     〒956-0832 新潟市秋葉区秋葉 3-14-7 

責任者      高野 春樹

問合せ   hollandroses@gmail.com(問い合わせ窓口:宮嶋)

電話       090-8873-3000(問い合わせ窓口:宮嶋)

 ◆座禅会の参加ご希望やご質問、お問い合わせ、講演会のご依頼などは以下の「予約する」をクリックしてフォームにて送信ください。

 

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◆新潟禅会公式LINEを始めました。行事などの新着情報をお知らせします。またチャットでのご連絡も可能ですのでぜひ友だち登録をおねがいします。 

 

友だち追加

 

ブログ ・人間禅 座禅ブログ(新潟禅会分)
    ・人間禅 老師ブログ
    ・座禅修行だより(新潟禅会分)

【連絡事項】

◆9月19日(第三土曜日)、呈茶を行います。座禅なしでもご参加いただけます。(席料500円)

 

 【新潟禅会行事案内】

10月 一日座禅会

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◆一日のスケジュール

 

① 9:00 ~ 9:45    座禅
② 9:50 ~ 10:35    座禅
③ 10:45 ~ 11:30    座禅
昼食
④ 12:30 ~ 13:15   座禅
⑤ 13:20 ~ 14:05   座禅
⑥ 14:15 ~ 15:00   座禅
片付け、小茶話会後、15時半ごろ解散

〇 昼食は各自ご持参ください。

〇 初めての方には最初に座り方のご案内を差し上げますので事前に参加ご予約のご連絡をお勧めします。

〇 座禅に不慣れな方は、5分程度の短い時間から徐々に繰り返して慣れていただきますのでご安心ください。

〇 その他質問などありましたらお問い合わせください。

 

 リフレッシュ座禅会

 毎週火曜日(第5火曜日を除く)、新潟市中央区のクロスパルにいがたにて『リフレッシュ座禅会』を行っています。

 座禅を初めて体験される方におすすめの座禅会です。

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 参加される方に合わせて座禅の時間も調整しますので、「初めてで心配だけれど体験してみたい」という方でも安心してご参加いただけます。

 秋葉区までは遠い方でも参加しやすい立地で、当日参加・部分参加もOKです。「ちょっと気分転換」の気軽さでいつでもお越しください。

 ご予約が可能な方は、下記の「参加申し込みフォーム」からお願いします。

 【師家プロフィール】

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  仰月庵 杉山呼龍老師 
      本名/杉山 剛(たけし)
      道号/呼龍(こりゅう)
       庵号/仰月庵(ぎょうげつあん)
      在家禅会「人間禅」師家  
      博士(学術、早稲田大学)
禅歴
昭和23年生まれ。77才。
昭和44年、人間禅如々庵芳賀洞然老師に入門(21才)。
平成27年、師家分上印可(庵号 仰月庵 杉山呼龍)(67才)。
平成28年から師家として活動する(68才)。
現在は新潟禅会、仙台禅会、さいたま禅会を指導している。
社会歴
昭和48年 北海道大学理学部卒業。
昭和49年から 北海道の公立高校3校で教員(数学)として22年間勤務。
平成15年 早稲田大学大学院社会科学研究科修士課程卒業。
平成24年 同大学院社会科学研究科博士後期課程満期退学。
平成25年 同大学院社会科学研究科博士号取得。
著書 『奥宮慥斎の研究』(早稲田大学出版 2013年)

 【主な年間予定】

第214回摂心会 令和8年6月10日(水)~14日(日)  終了しました

 担当師家:仰月庵呼龍老師(以下同じ)

第215回摂心会 令和8年9月2日(水)~6日(日)         終了しました

第216回摂心会 令和8年12月9日(水)~13日(日)

第217回摂心会 令和9年3月24日(水)~28日(日)

【毎週の行事・月間予定・申し込みフォーム】

初めての方には座り方を手解きいたします。座禅時間も短縮できますのでご相談下さい。

座りやすい楽な恰好でお越し下さい。

 

毎週の行事

              定例座禅会 

●日程:毎週土曜日

●時間:AM 9:00~ 11:10

          ♦座禅45分 ~ 休憩5分 ~ 座禅30分(座禅時間は適宜 調整いたします。)

        ♦座禅後、休憩・茶話を兼ねての禅に関する読書会 30分程度

●場所:人間禅 秋葉禅道場

●参加費:300円

●予約不要(初回のみ、最初に座禅の仕方をご説明しますので事前にご連絡をお願いいたします。)

 

          リフレッシュ座禅会

●日程:毎月 第1・第2・第3・第4火曜日 (第5火曜日はお休み)

●時間:PM 3:00~4:30

      ♦座禅20分 ~ 経行(歩きながらの禅)5分 ~ 座禅20分

      ♦座禅後、禅に関する軽い読み物を輪読して自由に感想を交歓します。

●場所:生涯学習センター(クロスパルにいがた 新潟市中央区礎町3ノ町)

●参加費:100円

●予約不要

月間予定

参加申し込みフォーム

座禅会のお申込み、またご質問や講演のご依頼などはこちらの「予約する」から送信ください。

 

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【短信Niigata】

 謙虚で真面目な性格の人ほど自分を振り返り反省をします。それはもちろん誠実さの表れであり素晴らしいことです。しかしそれが行き過ぎると感情が疲弊してうつ症状のきっかけになりかねないなど、医学的な見地からは必ずしも好ましくない面もあるということは周知かと思います。本来は自分をよりよく高めていこうとする良い行為なのになぜ却って元気をなくしてしまうのでしょうか?

 「なぜ人は目で物を見ることが出来るのか?」昔の思想家はこう考えました。「それは人の目の奥に小人が居て、その小人が見ているからだ」と。この論理がおかしいことは誰でも気がつきます。“では、その小人の目はどうやって物を見ているの?”という疑問が依然解決されないからです。

「自分で自分を反省する」というのはこれに似ていると私は感じます。反省すべきことをやったのは自分であり、それを振り返っているのも自分。同じ自分なのに、「自己反省」の意識の時には自分が自分を対象化しているのです。過去の自分を捉えて反省している現在の自分は、明日になればまた「明日の自分」から見た反省の対象になるでしょう。つまりどこまで行っても「自分」を捉えたことにならないのです。客体化は世界を比較可能にする思考であり科学の出発点ですが、反面どうやっても「主体」を完全に客体として捉えることには原理的な限界があります。「自己反省」が行き過ぎると苦しいのは、このループでどこまで真剣に追及しても「自分」を捉えられないことから来る疲れなのではないかと思います。

 禅の世界観はそれとは異なっています。禅は世界を「万法一如」「自他不二」と捉えます。自分と他人は違う存在だが同時に同じであるというのが自他不二であり、それは自分自身についても同様で、過去の自分を今の自分とは違う存在のように批判することの一面性を考えさせます。そして時についても、今は次の一瞬には過去になり、直前の未来が今になる。今と過去/未来の区別も有りながら無く、常に「今」です。従って「今」の自分が「過去」の自分を切り離して、高みに立って批判の対象にするということも禅の世界観とはそぐいません。

 では禅者は自分に対して無反省なのか?いいえ、もちろんそうではありません。ではどうやって禅者は自分を振り返るのか?それは心の微細な動きを見逃さないことだと思います。座禅の最中でも自分のことを考えて「ああ馬鹿だった!」などと心が騒ぐことがあります。しかし「馬鹿だった!」と気づきがっかりしたその瞬間はもう過去です。そこで「なんで私はあの時・・」などと振り返り始めたら、過去に捉われたその瞬間から自分の客体化が始まります。自分は今いまの連続の瞬間、この自分しかいないのです。「馬鹿だった!」と気づいた次の瞬間にはその思いは放下し「今座っている自分」になりきればいい。次の瞬間には立て直した自分が居る、それでいいのです。この「今」になり切っている連続、これが「自分」を捉えているということでないかと私は思います。

  誠実で真面目にいきているからこそ疲れている方は沢山いらっしゃることと思います。どうぞ座禅によって、「今ここの自分が全てだ」と感じられる安堵感を経験していただきたいと思います。(2026.9.19 麗月)

                                                                                        ※※※※※※※※※※

 人間禅で座禅を組んでいただくことは個人の信仰や宗派とは関係ありません。ではなぜ禅と仏教の関係についてこの文章でお伝えするのでしょうか。それは座禅を単なる心の癒しとしてではなく、自分自身を深く見つめるためのものとした時に、仏教の智慧が大きな助けになるからです。

 仏教には三業という言葉があります。これは「身口意」、つまり行い、発言、考えることを清く保ちましょうという戒めです。私も日常で心がけてはいますがもちろんその通りには行きません。その中でも行動は比較的制御しやすい反面、意識についてはとてもその通りにはいかないということも容易に想像できるかと思います。

 その間の発言は、その時々の心の揺れに応じて最も綻びが出やすいように思います。常に自分の心持ちを保っていないと、つい人を傷つけることを言ってしまったりします。

 例えば他人に腹が立った時。腹が立つことは人間の自然な心の動きでありそれ自体が悪いことではありません。もしいじめっ子が誰かを虐めているのを見た時にそのような情が自然に湧かなかったら、人間は殺伐とした生き物になってしまいます。

 しかし難しいのは自分が被害者だと思って怒りを感じる時です。もちろん真っ当な怒りの場合もありますが、場合によってはそこに自己正当化や自己弁護のような気持ちが混じってはいないでしょうか?

 そういう時に自分を振り返る助けになるのが身口意の戒めではないかと私は思います。「あの人が悪い」と相手を非難するのは簡単です。しかし相手を悪く言いたい気持ちを口にすることを一旦封じて、再度自分の気持ちを静かに味わってみる。その時に「あ、私の怒りの中に自分で自分の肩を持ってあげたい気持ちがあるんだな」などと、心の揺れに気づける瞬間があります。相手を非難したいのではなく自分が本当に望んでいることは何なのか?気づかないうちに自分はどんなことを感じていたのか?等々、また一層深く自分を知ることができます。

 もうお分かりかと思いますが、上に書いた「口にすることを一旦封じる」とは身口意の戒めを守ること、そして「自分の気持ちを静かに味わってみる」とは座禅のことです。両方があることで己事究明が進むことでしょう。

  繰り返しになりますが、人間禅は決して信仰を強要するものではありませんしどなたでも自由な立場で座禅をしていただけます。頭を空っぽにする時間として座られる方もおられますし、悩みを解決したいとか人間禅が標榜する人間形成の禅という考えに共鳴して座られる方もおられます。もし後者のように目的があるなら、土曜座禅会の後にある読書会などで禅の智慧を知ることもお勧めします。(2026.9.13 麗月)

                                                       

  【アクセスマップ】

Google地図での赤いピンは実際の所在地と少しずれてしまっています。地図拡大時に「人間禅秋葉道場」と記されている場所が実際の所在地です。分かりにくい場合は当会作成の下2枚をご参照ください。

 

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 ※ Google地図とは南北の向きが異なります。ご注意ください。
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